size:149mm×107mm×38mm 292ページ
<作品の説明>
小林多喜二の『工場細胞』と『党生活者』をまとめ、「現代のニ、三十代に興味を持ってもらえる本」をテーマにデザインしました。
『工場』の無機的な印象と『細胞』という有機的な印象をかけあわせ、さらに生命(細胞)の赤色とマルクス主義の象徴である赤色をかけあわせています。
小林多喜二の作品は『蟹工船』が有名ですが、今まで出版された本はその内容と当時の雰囲気を反映して昔風で物々しい雰囲気のデザインばかりのようです。
しかし一方で、『工場細胞』や『党生活者』のような作品には『蟹工船』ほどの悲惨な描写はなく、むしろ労働運動にかける小林多喜二の思いと希望、大義のために生きることの美しさと葛藤を読み取ることができます。思想を抜きにして単純な小説作品として読んでも、現在の我々にも通じる生の人間の一側面を見事に描き出している名作です。
にもかかわらず、かつて自分が小林多喜二の作品をなかなか手に取らなかったのは「なんか怖そうだから」という理由からでした。
そのイメージを払拭し、本棚に置いておいても怖くない、むしろスタイリッシュな本を作ろうと思ったのがこの作品を作ったきっかけです。
「有名文学作品を若者にとっつきやすくする」という目的では有名イラストレーターを表紙に起用する方法もしばしば見受けられますが、小林多喜二作品に対し適切な心理的距離を持って楽しめる層は、逆にそういった方向性を喜ぶ段階からは卒業しているように思ったので、過度にサブカルに寄り過ぎず、過度に時代性も表現しすぎず、現代的なスタイリッシュさを心掛けました。
作中で、活動家は特高から隠れるためにしばしばメモをしのばせたり窓から投げ込んだりして仲間とコミュニケーションを図ります。また、啓蒙のために新聞を刷って工場内で秘密裏に配るといったこともします。そういった活動家のツールとしての『紙』をイメージし、かがった背がそのまま見えるデザインにしています。本文用紙も厚めのものを選び、「乱雑にまとめられた紙の束」という感じがよりよく出るようにしています。
本文に使った紙はモンテシオンで、白い紙ではありますが白色度80%なので真っ白ではなく若干灰色がかっています。また表面もラフな手触りなので、きれいすぎない印象になり、「乱雑に束ねられた紙」という感じに寄せています。
作中の労働者たちはしばしば「機械化・合理化・効率化は悪」という立場で話をします。それは現代においては主流とは言えない価値観であり、歴史上そういう経緯を経て今があると認識することには価値がありますが、今更そういう価値観自体が復権するとは思えません。
思えませんが、機械製本が当たり前のこの時代にあえて手製本で作るのにこれ以上ふさわしい作品もないのではないかと思います。
表紙用紙:ハイピカ シルバー
本文用紙:モンテシオン 69kg
見返し、章扉:羊皮紙 紅
印刷:帯以外自宅プリンター(カラーレーザー)、帯はキンコーズ
文章:青空文庫より
見どころ:
・ 表紙の穴から紙の表面を見せるために見返しは裏表逆に貼ってあります。
・ 本文中、『工場細胞』という単語のみ赤色で印刷しています
・ 章扉は作品に合わせて羊皮紙(紅)を抜き加工しています。『工場細胞』は細胞をイメージして〇、党生活者は硬質なイメージがあったので□です。
・ 裏表紙のバーコードは商業誌っぽくなるようにダミーで作ったものでISBNをとっているわけではありません。数字は小林多喜二の生年月日と命日です。
・ 普段同人誌のデザインばかりやっているので、商業誌っぽいデザインをやってみたくて帯込みでデザインしました。
<エピソード、制作時の事等>
かがりについて:
4月からレッスン開始でまだ複数折丁のある本のレッスンを受けていない状態で挑戦してしまったので苦労の連続でした。結局290Pの本を本番含め3冊かがりました。
① 1折丁のページ数がどれがちょうどいいのか分からず、とりあえず16Pで印刷してかがってみる
→折丁同士がゆるゆるで、ほどけはしないけど隙間が見えるしなんか汚い
② 1折丁の枚数を少なくしたら綺麗になるのでは?と考え、8Pで印刷してかがってみる
→折丁が細かい分繊細でキレイではあるが、背がものすごく膨らむ。ここで、糸の分背が厚くなることに気づく
③ 往復する糸が少ない方が背のふくらみはなくなるんだから32Pの折丁の方が逆にきれいになるのでは?
→白紙の状態で折ってみて(いけるんちゃう?)と思ったので全ページ印刷したが、断裁した場合の真ん中の紙の本文の位置を確認したところ、小口がツメツメになりそうだということに気づいたのでかがるまえに断念
④ 16Pの折丁が正解!!!あとはギッチギチに締めてかがればいいはず!!
→締めすぎて天地がすぼまる
ここでタイムアップになり、④に表紙をつけて完成させました。
その次のレッスンで「かがり台」というものの存在を知りました。かがり台を使っていたらもっと折丁同士がきれいにそろったと思いますが、この本に限ってはばらばら具合も「活動家っぽさ」という言い訳で通るんじゃないかと思っています。たくさん練習ができてよかったです。
本文について:
本文の内容には青空文庫を利用しています。(規約に沿って本文中に出典を記載しています)
小林多喜二はフリガナと傍点を多用する作風でどちらの作品にもかなり使われています。青空文庫からテキストデータをダウンロードするとフリガナは「振り仮名<<ふりがな>>」のような表記、傍点は「ぼうてん#[「ぼうてん」に傍点]」というような表記になっているので、それらをInDesign上でルビと傍点になおしていくのが大変でした。
ルビの方は幸いなことにスクリプトが見つかったので一括でできましたが、傍点の方は小林多喜二の傍点の表記がそのスクリプトで対応している表記の仕方になっていなかったので、全部手で処理しました。
部分的な字下げや枠で囲うなどの処理も自分の作品ではなかなかやる機会がなかったのでおもしろかったです。
表紙について:
もっとたくさん穴をあけるつもりでしたが、ポンチで厚紙に穴をあけるのが思いのほか大変で、かつうるさいので外で作業しなくてはならず、暑さに堪えられなくて早々に諦めてしまいました。
表紙の『工場細胞』のフォントはラフの時点では帯に使っているのと同じ筑紫アンティーク明朝のつもりでしたが、あまりにも堅苦しすぎる気がしたので明朝体に近いがやわらかさもあるフォントに変更しました。ウロコが丸いのが特徴的で、細胞を意味する記号として使っている〇と合っています。
<自己紹介>
趣味で同人活動をしており、これまでに同人誌を30冊以上だしています。特殊装丁の本を何冊も作った末に、自分でも製本できるようになりたくなって4月から基礎コースに通い始めました。
過去には「自分の本の表紙がダサすぎる」という理由でデザイン専門学校の社会人コースに通っていたこともあります。DTPはそれなりにできます。小説の組版もそれなりにできます。製本は初心者です。
手製本でデザフェスに出るのが夢です。
ひと目見て、元の表紙を活かした改装本なのだろうと思った。
それに穴を開けるなどの手を加えたのだろうと。
製本自体も、荒削りながらそこそこできている。
……まさか4月に始めたばかりで、独力で一から作り上げていたとは。
ひと折の枚数もいろいろ試した末に16ページに辿り着いたというのもすごい。
一度習ってしまうとこういう経験はできなくなるわけで、とても貴重だと思います。
また、今後のレッスンでも受け取れる情報量は他の人よりずっと多くなるはず。
このガッツに知識や技術が追いついたとき、どんな作品が生まれるのかが楽しみでなりません。
デザインがパキッとしていて格好いいです。
無機質なデザインに穴を開け糸を通すことでパンチが出て良いです
4月レッスン開始の方のかがり。脱帽です。